よく、介護サービスには市場原理が導入されたといわれます。市場原理というと一般的な商取引と同じだということになります。しかし、介護サービスは社会保険方式によるものです。介護サービスは果たして本当に市場原理によるものなのでしょうか。そこで、はじめに市場原理について確認しておきましょう。
長らく介護サービスを供給するのに使われた仕組みは、政府(官)によるものでした。ここでは、何をどれくらい供給するのかということは、政府が決定します。それを実行する役割は、行政やその委託を受けた社会福祉法人などが担ってきました。
警察や消防などは政府が供給するサービスの典型です。この政府による供給の仕組みに対して、商取引では市場という仕組みが使われます。売り手は生産や販売を自由に行うことができますし、買い手は自由に購買することができます。また、売り手は生産や販売をやめることも自由ですし、買い手の場合は、購買をやめることも自由です。市場では低価格、高品質など、買い手がこれは価値があると認めた製品やサービスを提供する売り手だけが生き残ることができるのです。市場では価値はすべて価格というものに集約されます。売り手と買い手は価格という共通のシグナルによって取引をします。
つまり、消費者は価格に見合う製品やサービスであれば、それを購入し、そうでなければ購入しないという購買行動をとります。ところが、介護サービスの価格(介護報酬)は政府によって決められます。したがって、これは純粋な市場原理ではないということになります。
純粋な市場原理ではないのに、なぜ介護サービスに市場原理が導入されたといわれるのでしょうか。
市場原理がもつ特徴の一つは競争ということにあります。売り手も買い手も多数存在することが、市場が形成される第一の条件です。売り手は買い手に選ばれるために競争をします。その結果、低価格で高品質の製品が市場に出回ることになります。だから適正な競争を阻害する行為として、独占や談合などが法律で禁じられています。介護保険では、この競争という点で市場原理の一部を取り入れました。
しかし、介護保険の価格(介護報酬)は市場原理のように売り手と買い手の取引によって決まるのではなく、政府が決めます。つまり介護保険におけるサービス供給は、政府の仕組みと市場の仕組みの中間的な仕組みなのです。これを準市場といいます。市場のように価格にすべての情報が集約されないので、準市場において適切な競争が行われるためには、消費者に情報が開示されることが必要です。また、買い手は市場のように価格によって品質を判断することができないので、客観的に品質を評価する仕組みが必要になります。医療や介護の第三者評価が行われるのは、このような理由によるものです。そして何よりも、競争の目的そのものが市場原理とは異なっています。
準市場における競争は、自分が生き残ることを第一の目的とするのではなく、サービスの質の向上と地域住民の福利に資するという社会的に上位の目的を持って行われるべきものなのです。
製品やサービスとは何か。簡単なようでこれは難しい問題です。なぜなら、得てして私たちは、製品やサービスを作り手の立場で考えてしまうからです。
こんな話があります。「去年、四分の一インチドリルが 100 万本売れたのは、人々が四分の一インチドリルを欲したからではない。人々は四分の一インチの穴が欲しかったのである」 (レビット、T( 1971 )、『マーケティング発想法』、土岐 坤訳、ダイヤモンド社) 。
私たちは、つい、作り手の視点で製品やサービスを考えてしまいがちです。四分の一インチの穴が欲しい消費者にとっては、それは必ずしもドリルでなくても、ほかの道具でも良いし、穴を開けてくれるサービスでも良いのです。しかし、特殊な技術や知識を持っていればいるほど、作り手がもっている技術から発想してしまいます。
私たちが提供する介護サービスに対して、人々は何を求めているのでしょうか。医療や介護サービスの場合には、利用者の思いにすべてを合わせることが正しい選択とは限らないでしょう。時にはその意向に反したサービスを提供しなければならないこともあります。
しかし、サービスをデザインするにあたっては、まず、サービス提供者が考えるサービスと、利用者が欲しいサービスとの間に違いがあるかもしれない、ということを理解することから始めなければなりません。
事業はまず、「だれを相手に」「なにを提供するのか」ということを決めなければなりません。この2つが決まると次に「どのようなシステムで」ということを考えることになります。つまり「だれに= Who 」、「なにを= What 」、「どうやって= How 」を明確にすることが重要です。これをエーベルは事業の定義と呼んでいます(エーベル、 D ・F (1980) 、『事業の定義』、石井淳蔵訳、千倉書房 )。
同じハンバーガーチェーンでも、マクドナルドとモスバーガーとはでは、だれに、なにを、どうやってという事業の定義は全く異なっています。高い業績を上げている事業は、すべてこの定義がしっかりしています。
介護事業についても同様です。一口に要介護高齢者( Who )といっても、健康状態、家族との関係、ライフスタイル等々さまざまです。介護サービス( What )といっても、介護サービスメニューを総合的に提供するのか、一部分を提供するのかなどさまざまな形態が考えられます。
どのようなシステムで( How )といっても、一つの法人(あるいは施設)で総合的に提供するのか、他の組織と連携して行うのかなどさまざまです。準市場という枠組みの中で、利用者の生活や地域住民の福利を向上させるために、自分たちの事業は「だれに」「なにを」「どうやって」提供するのかを明確に定義することが必要です。
